2007年06月12日

第52回定時総会 記念講演会

演題「大濱幸雄 現在に至るまで」
講師 クイーン洋菓子店 代表取締役社長 大濱幸雄氏

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クイーン洋菓子店といえば、栃木県では知らない人のいない洋菓子店です。
父が1代目で私が2代目となります。
幼稚園のころからケーキ屋になることを決めていました。
小学校5年が6年のころ、友達の家で自分の店のケーキを初めて食べました。
それはプリン・ア・ラ・モードでした。

高校では柔道をやっていました。就職は東京の世田谷で5店舗展開しているお店です。そこで面接に行って、ガトーショコラというデザートケーキを食べました。

そこで7年間修行しました。毎朝カスタードを1斗4升炊き、フルーツ漬を毎日混ぜるのが仕事でした。

2年目も下積みで、このままでは何も知らずに年食ってしまうと考えました。そこで、先輩に信用を得るために、材料の在庫をすぐに答えられるように、使ったり入るたびに手帳にいつも書き込んでおき、だんだんと先輩に名前を呼ばれるようになりました。。

3年目に駅の向こう側のケーキ屋さんで、ムース・オ・バナーヌを食べて感動しました。こんなにおいしくて安くてボリュームがあって、おしゃれで、このお店に勤めたいと思ったのですが、友達に啖呵を切って出てきた手前、できませんでした。

6年目に、自分を育ててくれたこの会社に恩返しがしたいので、給料はいらないからと5店舗を店長として回らせてもらい、これが今とても役に立っています。IMG_5325.jpg

よそのお店に行ってケーキなどを食べることがあると思いますが、とりあえず味の評価はするな、そこから何か学べるものはないのか考えろと言っています。
 
僕が従業員に言っているのは、与えられてる仕事はまずこなしなさい。自分で気がついていることはすぐやりなさい。人のせいにしたりもののせいにするな。見て見ぬ振りをするな。後は何も言わない、ただ、お客様から喜ばれることをしようとしています。

父親は、人通りのない住宅街で店を始めました。お客さんが2・3人入るといっぱいになるような店でした。最初からフレッシュ・クリームを使っていたということです。
父親は、東京の有名なケーキ屋さんを先生に呼んで勉強しました。また、ラジオなどでケーキはクイーン≠ニしつこいほど宣伝し、店は徐々に大きくなっていきました。。

私がクイーンに入社したら、何のポストもなく、洗い物から始まりました。店長もやって、いっぱしのつもりで帰ってきたのに、洗い物と雑用しか仕事がありませんでした。

どうしたら父親に認めてもらえるかと考え、クイーンをもっと有名にするために、東日本作品展に出展してコンテストに応募することを考えました。

そして、プティガトーでまぐれで入賞できました。
修行時代に、パイピングは毎日練習をしました。自分でマヨネーズを買って、休みの日には工場の12ある作業台全部に文字書きをしました。

2回目にマジパンで銅賞をいただき、これで父親にも認めてもらえるんじゃないか、と思いました。父親から教えてもらったケーキはいまだに2品だけです。苺のムースとババロア。しかし父親と同じ味にならない。配合がなくて料理感覚で作っているからなのか。父親がやるとできるのです。

1年目ぐらいで工場長になれるのかなと思っていたら、父親が腕のいい技術者を入れました。僕も職人なので、この人には負けたくないという意地の一点張りで商品を作っていました。

月に3品新しいケーキを考えるのですが、邪道というものまで作った中では、お客さんから甘くないお菓子はないのかといつも聞かれていたので、いまでいうとキッシュのようなお菓子をインディカ米を使って作ったのですが、それが、自分の中ではおいしくできたと思っています。

納豆以外の豆という豆は全部使ってみました。カステラの中にカスタードを入れたようなお菓子も作りましたが、うちの場合はオーソドックスなお菓子が受けました。

今は私も教える立場になりましたが、人で悩んでいる人はたくさんいると思います。人を育てるのは難しいよねと言われ、「期待を持たなければ難しくないんじゃない」といい加減なことを言ったことがあります。人を育てるというよりも、自分がその人から学ぶことが何かあるんじゃないでしょうか。

その人のいいところが何かわかりますか。わからなければその人のことをよく見ていないのです。その人が機嫌が悪い、なぜなのか。その人を見ればわかる。子供もそう。一人ひとりを見て、指導するよりも、まずその人のことを理解しなければいけない。その人のいいところを引き出してあげるスタッフを作っていけば、会社は良くなるんじゃないでしょうか。

お菓子つくりは思い込みです。誰に食べてもらうのか、どんな人に喜んでもらうのかを考えながらお菓子を作っています。

自分がどう考えるか、どう方向性を求めるか、最終的には自分しか信用することができない。社長さんは孤独だと思いますが、最終的には自分の決断なんですね。自分の思い込みなんです。自分を信じるしかない。それについて来てくれる従業員を育てるのか、どうするのか、お店のいろいろな事情があるでしょうが。


TVチャンピオンの優勝賞金はTV局から言わないでくれと言われているんですが、(以下自主規制)
これは実際に収録が入る1週間ほど前に局からオファーがありまして、子供もいるし、負けたらカッコ悪いな、子供いじめられるんじゃないかなと思いまして、父親に聞いたら、「やめたら」と言われたんですが、目立ちたがり屋でもあり、オファーがくるということはすごいぞと、半分有頂天になりまして、やったんですね。
6月、12月、6月と3回優勝しました。賞金を申告しないでエライ目にあいました。


これからはお客様にゆとりを持って買い物をしていただき、出来立てのものを食べていただくスペースを作ってみたい、など、代表者になっていろいろなことを考えています。
大きな駐車スペースも確保したい。そうすると大きな借り入れになります。

父親を越えるということは不可能なんですけれども、次は拡大ではなく成長というか、1店舗主義でやろうかなと考えています。長いスパンでやればそんなに敷居の高くない本店つくりをすればいいんじゃないかな。

多趣味で子供のころは鮎釣りに父親に連れて行かれ、渓流釣りもするし、オートバイも好きで、お店の敷地内に、集えるギャラリースペースのようなものを作りたいと考えています。
30歳後半になると男性ひとりで行く所がないんですよね。パチンコとかしか。クイーンを集える所にしたい。僕はタバコ吸いますんで、タバコを吸う所を設けてあります。そこでケーキを食べながら、商売につながればいいかなと思います。


原材料のこだわりですが、ブランド志向はないんです。商品を作るときにいろいろな粉や砂糖で試行錯誤します。卵もどんな卵がいいのかと、たまたま鶏の飼料を作っている会社の人が来て、その餌を食べている鶏の卵を使ってみたのですがなんか違う。
で、餌屋さんなんだから、野放しで飼育されてる鶏を探していただいて、2年くらいかかったんですが、思うような卵になりました。
卵白はぷりぷりしているほうがいいという場合もあるんですが、商
品によっては流動性があるほうがいい場合もあるんです。
商品を作る場合の結果としてのこだわりなんです。

人のせいにしたり物のせいにしたり、絶対にいけません。自分しかないんです。
自分と置き換えて、今まで自分はどうだったか、これからどうしたらいいか、お菓子つくりをする人は大体、変人、変わった人が多いといわれるんです。個性が強い、あくが強いのか、僕もその中の一人です。

自分がやっていることは間違ってないと、とりあえずとことんやってみるということを表現したかったんですけど、まず、自分の思ったことをやってください。これからどうしたらいいかと迷ったら、とにかく考えて何かをしてください。



posted by 八十郎 at 00:57| Comment(0) | 日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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